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いま経済成長は必要なのか

いささかタイミングが遅いですが、「日経ビジネスアソシエ」誌の昨年10月7日号に考えさせられる記事が載っていたので、取り上げてみたいと思います。

その記事は、アンドリュー・J・サター氏の連載「仕事の新常識」。
「経済成長」というタイトルで、本当に経済成長が必要なのか、疑問を投げかけています。
テキストの先頭の要約は次のとおり。
「経済は未来永劫、成長し続ける-この考えは幻想に過ぎない。
経済成長は地球環境に大きな負荷をかけるし、負荷を小さくしても公平性の問題が残る。
数字よりも生活の向上を目指す「減成長」の考えを知ろう。」

経済成長率はGDPの増加率で表されます。
サター氏は、GDPには国民の「幸せ」は含まれていないことを指摘しています。
いくら成長したとしても、それが過酷な長時間残業など人々の犠牲の上に成り立っていれば、そんな成長は喜んでいられない。また、商品による健康被害の可能性もあるし、環境破壊などにより国民の健康的な生活の脅威になるケースもあるでしょう。

今、世界の国々の経済規模は各国のGDPで表されていますが、それは経済面だけのもの。
ご存知の通り、日本は世界2位の経済大国ですが、我々は世界で2番目に幸せな国民なんでしょうか?
GDPに変わる「幸せ指数」のような指標が必要なように思います。

個人の話に置き換えても、普通に暮らしていて幸せと思える人もいれば、お金を持っていても不幸と感じる人もいるでしょう。
僕自身も、経済面だけで幸不幸を考えがちなように思いますが、考えてみれば、僕はお金はないけれど、けっこう日々の暮らしには満足してます。これはかなり幸せなことですよね。

さて、サター氏は「永続的な経済成長」に疑問を投げかけています。
今多くの先進国で人口増加率が減少しています。いずれは人口の自然減という状態になるでしょう。確かに、このような状態で経済成長が続くのはおかしな話です。
また、今盛り上がっているエコロジーの面では、いずれは化石燃料への依存や大量消費(廃棄)社会の脱却を目指すことになると思います。
これは、現在の経済成長を目指す方向から反対の考えではないでしょうか。
まさに社会全体が、経済成長ではなく個々人の幸せを追求するような社会になっていくのかもしれませんね。

サター氏は、これからの経済の考えの一つとして、欧州で注目を集める「デクロワッサンス」という考えを取り上げ、「減成長」という日本語をあてています。
「減成長」とは、成長の影響を巻き戻し、経済成長の代わりに、数字では置き換えられない生活の質の本当の向上を目指すというもの。
この「減成長」という考え方が、これからの日本にとって真剣に検討する価値があると彼は指摘しています。
「詳しくは次号で」ということですが、残念ながら次号を購入していないのでcoldsweats01、詳しくはこれが書籍になるのを待つしかありませんが・・・

全てに賛同できるわけではありませんが、「数字では置き換えられない生活の質の本当の向上を目指す」べきであるという点について、同意できます。
もちろん派遣切りなど切実な問題が多い今の時期は、まず経済再建が目指されなければいけないと思いますが、その先のこの国の未来を考えるに、参考にすべき考え方だと思いました。

なんだか取り留めの無い話でしたが、新春初夢話sign02ということで大目に見てくださいcoldsweats01

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コメント

ちぇん太さん、おはようございます。

永続的に経済が成長するという考えは幻想である。この考えに賛同します。
ボクもお金はありませんが日々暮らしていくために十分な収入はあります。ただ、この収入が突然なくなると困りますが。

国でも企業でも、数字(利益)の向上ばかりが至上命題のようになっていますが、では働けない弱者は社会にとってお荷物でしかないのか?という理論になってしまいます。そんな社会はイヤですね。

おっしゃる通り生活の質の向上、ならびにそれを維持することが必要だと思います。
ちょっと話しは違うかも知れませんが医療の世界でも同様の議論がされはじめて久しいです。つまり体を酷使して重い病気と戦うのではなく、患者のQOL(生活の質の向上)を目指した治療をしようという動きです。
これは対人間だけでなく、ペット・家畜・実験動物などに対する動物愛護の考え方にも似ていますね。

いずれにしても、自転車に乗っているとそんなことを考えさせられる機会が多いように思います。長文失礼しました。

投稿: 103 | 2009年1月13日 (火) 08時02分

>働けない弱者は社会にとってお荷物でしかないのか?
まさにそれこそ「公平性の問題」ですね。弱者を切り捨てるような成長はあってはならないです。
会社にあっても、経理の数字だけでなく、社会貢献とか社員の満足度とか、そういう部分も重視するような転換が必要だと、個人的には思ってます。(今の状況では、こういう考えは受け容れがたいでしょうけど)
今後は「生活の質の向上」がもっと大きなテーマになると思いますよ。ご指摘のとおり、いろいろな場所でこういう考えの方が増えてるように思います。

僕も、こういう発想は自転車に乗るようになってからするようになった気がします。
人生の目的が明確になって、あくせくしなくなったのかな?ワークライフバランスが取れているからだと思いますね。
何が言いたいかというと、自分は自転車という趣味に出会えてよかったなー、ということですねhappy01

投稿: ちぇん太 | 2009年1月13日 (火) 12時49分

 ちぇん太さん、こんにちは、KAKAPOです。
 人は、何を目的に文明を発展させてきたのでしょうか? 何を目的に、仕事を分担し経済活動をしてきたのでしょうか? 寒い冬に考えると、幸せとは、稀少な食べ物ではなくても、温かいものを食べて、寒くない服を着て、暖かい布団に包まって寝られるとしたら、それだけで幸せな気がします。病気になる不安が無ければ尚更良いですよね^^ 人類は、そんな生活を目指していたはずなのに、いつしか、一部の欲張りな人たちにあおられて過剰に求めすぎたのかもしれませんね・・・

投稿: KAKAPO | 2009年1月13日 (火) 22時42分

KAKAPOさん、こんにちは
確かに便利になりましたが、生活にも身体にも贅肉が増えたように感じます。
普通に生活できればただそれだけで充分幸せなのに、人は欲張りですね、どんどん求めてしまう。
自転車に乗って自然の中にいると、ただそこには自分のみがいるだけです。そこには贅肉は無いと思います。自分のこころが満足していればそれでいいと感じます。
今の時代、心の幸せを大切にしている人はそう多くないと思います。でも、それに気付いている人は増えてきているのではないでしょうか。
便利さに慣れてしまうとなかなか捨てられないですが、本当の幸せは物質的な豊かさばかりではないはずです。もっと多くの人が、こころの幸せを掴んで欲しいと思います。
そうすれば「生活の質の向上」につながるはず!とKAKAPOさんのコメントを見て考えさせられました。

投稿: ちぇん太 | 2009年1月14日 (水) 08時28分

ビックリ!「成長する必要があるのか」検索したら最初にヒットしたのがちぇん太さんのHPでした。何がビックリかって、日頃感じていたことに共感してる方がいたことは当然なんですが僕も島根在住だからなんです。島根県人ならではの縁を感じたことと同時に、島根だからこそ考えて行く意味があるテーマですよね。
これまで、人が社会に適合する生き方とは、ある意味自分を犠牲にする生き方であった気がします
現在のように世の中が行き詰まると、自分を犠牲にする事に違和感をもつ世代が多くなっていますよね。一方で自分を犠牲にしたくない世代は自己主張だけか、自己保身になってしまい、社会に適合できないでいます。問題はどちらも幸せな生き方とは言えないことだと感じています。異なる価値観を持った人たちが会社や家庭で時間を共有しているとが新たな社会問題になって、ストレスが生まれてしまい病気にもつながっていると感じています。新たな公共分野必要じゃにですかね。

投稿: ラクダ | 2010年2月 9日 (火) 10時55分

ラクダさん、こんにちは。
コメントいただき、ありがとうございます。
同じ島根県民ということで、縁ですね~
経済成長を目指さないことになると、代わりに「存在価値のあるもの」、いわゆるオンリーワンを目指すことになると思いますが、これこそ島根県のような小さな県が採るべき姿勢と思います。
今不況なので成長戦略が必要と言われてますが、仰るとおり色々ひずみが現れてますね。何らかのブレイクスルーが必要ですね。
おちらとブログやってますんで、また覗いてくださいね。

投稿: ちぇん太 | 2010年2月11日 (木) 21時46分

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